教育と研究;

20年ぐらい前から、生物のストレスに対する応答(ストレス反応)の研究を行っており、その1つとして放射線暴露の影響、特に低線量放射線の影響に興味を持ち、キイロショウジョウバエ、酵母、ヒト培養細胞を用いて研究を行っております。放射線関連の教育に関しては「放射線化学・バイオ応用理工学特論」「放射線医学・防護学特論」を担当しており、新年度からは「放射線の社会学特論」も担当する予定です。

やけどなど熱による傷害は、エネルギーに比例して大きくなると思われますが、放射線の場合は、6080ミリシーベルトぐらいで非照射のサンプルより傷害が大きくなり、それ以上の100ミリシーベルトでは傷害がいったん小さくなり、さらに500ミリシーベルトを超えると、エネルギーが大きくなるにつれて当然傷害が大きくなります。このように、6080ミリシーベルトの低線量放射線での傷害は、高線量での傷害と異なっている部分があるというのは色々な生物で数十年前から知られていて、DNA修復酵素やストレス応答タンパク質が関連しているとされています。)

一般には、強い線量の放射線に暴露されるほど、生体への悪影響が大きくなります。やけどから類推すれば大量のエネルギーをうけるほど傷害が大きくなることは想像できます。しかし20年ぐらい前から、種々の生物において低線量(概ね100 mGy前後、なおγ線の場合はミリシーベルト[mSv]とミリグレイ[mGy]は同じ)の放射線暴露による傷害の程度は高線量放射線暴露による傷害から類推できるような単に弱い影響ではないことが次々とわかってきました。この現象を放射線超感受性(HRS)と呼びます。すべての生物や細胞において、このような現象が起こるかは多くの研究者が解析中です。私もその1人として、キイロショウジョウバエとヒト培養細胞を材料に、203000 mGy間で細かくγ線の線量を区切り照射し、HRSが見られるか、見られたらその根底にある機序を分子生物学的に探ることを目指してきました。キイロショウジョウバエの翅毛スポット形成法で、オスの小スポット(主にmwh [多翅毛]遺伝子の変異・欠失の指標)では、50, 100 mGyHRS、メスでは20, 50, 75 mGyHRS、メスの大スポット(主にmwh 遺伝子の変異・染色体交差)では、75 mGyHRSを示しました(Y. Tanaka and M. Furuta, 2021)。今後は、これらのスポットの細胞のDNAを抽出し、リアルタイムPCR法と塩基配列解析でmwh 遺伝子のいかなる変異・欠失が生じているかを解析します。一方ヒト培養線維芽細胞では、培養細胞全体の生存力の指標であるミトコンドリア活性を測定する方法(WTS-8)法により、80 mGy前後でHRSを示すことが分かりました(下図)。なぜ、生物がHRSを示すのか、言い換えれば100 mGy程度の線量よりも少し高線量での悪影響の方が小さいかの理由の1つとして、100 mGy程度の暴露では生体が本来持っているDNA修復機構を十分に活性化させない、しかしもっと高線量の暴露では、DNA修復機構が活性化して結果的に傷害が少なくなることがあります。ショウジョウバエなどの生物ではDNA修復突然修復株を用いて証明されております。10年ほど前から、哺乳類では核因子赤芽球2関連因子2 (Nrf2)が種々のストレス反応により初期に発現し、下流のストレス応答遺伝子群を転写活性化する重要な遺伝子であることが分かってきました。そこでヒト培養線維芽細胞で低線量放射線に暴露させた場合にNrf2タンパク質やmRNAの発現が抑制される可能性があるためウェスタンブロット法や定量的リアルタイム逆転写PCR法による解析を進めている途中です。

図(下の“ニュース”欄) : ヒト細胞への放射線の有害性の測定  横軸は吸収線量、縦軸は生存力 種々の線量のγ線を照射した結果70 mSv前後で放射線超感受性[HRS](矢印)が見られた

  • 1987年東京大学大学院理学系研究科生物化学専門課程博士課程修了。理学博士。理化学研究所ジーンバンク室流動研究員、シティ・オブ・ホープ研究所分子遺伝学部門研究員、大阪府立大学総合科学部助手、総合教育研究機構講師・准教授を経て現職
  • 工学研究科量子放射線系専攻・国際基幹教育機構准教授

最近の発表論文;

Dependencies of hydrogen-water on mineral-based hardness, temperatures and the container materials, and effects of the oral washing and drinking. Y. Tanaka, F. Teraoka, M. Nakagawa, N. Miwa. Medical Gas Research, 10(2), 67-74 (2020). doi: 10.4103/2045-9912.285559.

Biological effects of low-dose γ -ray irradiation on chromosomes and DNA of Drosophila melanogaster. Y. Tanaka, M. Furuta. Journal of Radiation Research, 62(1), 1-11 (2021). doi: 10.1093/jrr/rraa108.

Effects of Pre-Schooler Lifestyle on the Circadian Rhythm of Secretory Immunoglobulin A. T. Miyake, Y. Tanaka, H. Kawabata, S. Saito, M. Oda. Health, 13 (2021) 178-187. doi: 10.4236/health.2021.132016.

Hydrogen-rich bath with nano-sized bubbles improves antioxidant capacity based on oxygen radical absorbing and inflammation levels in human serum. Y. Tanaka, L. Xiao, N. Miwa. Medical Gas Research, 12(3) (2022) 91-99. doi: 10.4103/2045-9912.330692.

Effects of an environmental endocrine disruptor, para-nonylphenol on the cell growth of Euglena gracilis : association with the cellular oxidative stress. Y. Okai, H. Okuwa-Hayashi, K. Higashi-Okai, T. Yamane, Y. Tanaka, H. Inui, T. Sakamoto, Y. Nakano. Environmental Microbiology Reports, 14(1) (2022), 25-33. doi: 10.1111/1758-2229.13032.

Repetitive Bathing and Skin Poultice with Hydrogen-Rich Water Improve Wrinkles and Blotches Together with Modulation of Skin Oiliness and Moisture.  Tanaka Y., Miwa N. Hydrogen, Vol. 3 (2022), 161-178.

Trehalose accumulation and radiation resistance due to prior heat stress in Saccharomyces cerevisiae. Asada R., Watanabe T., Tanaka Y., Kishida M., Furuta M. Archives of Microbiology, Vol. 204 (2022), Article number: 275